『人間キリスト記 或いは神に欺かれた男』 山岸外史 柏艪舎 発行 星雲社 発売

本書の帯には、「太宰治の心の師」と書いてある。山岸外史は、太宰治、檀一雄と同人誌「青い花」を創刊しているので、互いに影響を与えたのは確かだろう。
太宰治も手を変え品を変え人間キリストについて書いたと言えるが、山岸外史の場合、より直接的に『人間キリスト記』という書物を著したことになる。
この本の特徴は、その断定を避ける慎重さというか、舞台裏の葛藤も見せているところである。その点、太宰の方が、これと決めたキリスト像を作中人物として描いている。かと言って、山岸の著作が学術論文のように様々な説を検討している訳でもなく、聖書に基づいて緻密な推理をしている訳でもなく、行間を読み、時に大胆な空想を巡らせていると言える。両者のキリスト像を比較してみるのも興味深いだろう。
本書の副題は、「或いは神に欺かれた男」である。「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」(マタイ伝第27章)を引用しているように、最後まで神を求めた男として描いている。
太宰治は、『HUMAN LOST』で、「十字架のキリスト、天を仰いでいなかった。たしかに。地に満つ人の子のむれを、うらめしそうに、見おろしていた。」と言っている。この違いは、注目に値する。
あと一つ、余計な指摘かもしれないが、本書において≪旧約聖書≫とあるところは、≪文語訳≫のことではないだろうか?