『グノーシス主義の思想――〈父〉というフィクション』 大田俊寛 春秋社

グノーシス主義は、一般にキリスト教の異端として知られる思想である。二~三世紀に最盛期を迎え、その後急速に衰退した。マニ教やマンダ教をグノーシス主義の一種と見なすかについては、研究者の間でも見解が分かれているが、本書ではこれらについても扱っている。
1945年にナグ・ハマディ文書が発見されるまで、グノーシス主義に関する主な文献は、彼らを反駁したキリスト教の教父によるものだった。ナグ・ハマディ文書の発見後も、大田によれば文献学者さえロマン主義的な捉え方に陥っている。
本書の目的は、グノーシス主義の思想の特質について始めから考え直すことだと言う。
「グノーシス」は、ギリシャ語で「認識」や「知識」を意味する。
キリスト教とグノーシス主義は、ともにプラトン主義的な形而上学を援用しながら、超越的な「父」なる存在を求めた。そして、グノーシス主義は、そのような父なる神を求めながらも、それ自体は認識できないと考え、それが故に秘義的、魔術的な教えに収束したとされる。
この結末は、宗教としては冷めきったつまらないものであるが、本書の冒頭で著者が言うところの近代のロマン主義者たちが、グノーシス主義にどのような夢を見たのかということも見過ごせない。大田俊寛はこの著作の後、『オウム真理教の精神史――ロマン主義・全体主義・原理主義』という書物を著すことになる。