世界のZ世代のトレンド研究を行っている私は、一昨年の8月、約一ヶ月間、アメリカの各都市(ロス、ニューヨーク、オースティン、ヒューストン)を回ってたくさんのZ世代にインタビュー調査を行った。
インタビュー項目は、彼らが使用しているSNS、消費意識・行動から価値観まで大変多岐に渡るものだったが、調査結果の中で私が最も驚いたのは、人種・宗教・エリア・性(LGBTQ)など、様々な観点で多様性があり、かつ、ケーブルテレビもネットフリックス等の様々な動画配信サービスも普及しているアメリカにおいて、どの都市のZ世代からも「自分たちを象徴するコンテンツ」として、ある一つのコンテンツが共通して挙がってきたことだった。
そのコンテンツとは、2019年から老舗ケーブルテレビ局HBOで放送された、世界のZ世代に人気のラッパー・ドレイクが製作総指揮した『ユーフォリア/EUPHORIA』(原題: Euphoria)だった(なお、多くの人はテレビの受像機ではなく、スマホのHBOの有料アプリ(日本で言えばフジテレビのFODなどに近い)で視聴していた)。
日本では動画配信サービスの「アマゾンプライム」と「U-NEXT」で見られるので、帰国後、すぐにこのドラマを見始めた私だったが、シーズン1も2もたったの8話ずつしかないのに、正直、見終わるのに大変な時間を要してしまった。その理由は、見ていると「苦しい」からである。
アメリカの「今の若者」を切り取ったドラマとして、恐らく多くの日本人の記憶に残っているのは、まず挙がるのは、1998年から2004年まで放送されたHBO製作のテレビドラマである『セックス・アンド・ザ・シティ』(Sex and the City)だろう。
1998年は、アメリカではITバブルが始まり、女性の社会進出や非婚化・未婚化が進み始めた頃。このドラマは、「大都市(ニューヨーク)に生きる女性のライフスタイルを主役に据えた初めての作品」と言われ、世界中で大変注目を浴びた。
こうした時代の過渡期において、時代を映す様々なキャストが登場したこともこのドラマの人気の一因とされている。主人公のキャリーはライターで、愛に揺れる自由人の女性。シャーロットは、アートギャラリーに勤務する「結婚=幸せ」と考える保守的な女性。ミランダは、バリキャリの弁護士であり、子育てに四苦八苦する女性。サマンサはPR会社を経営し、セックス至上主義の女性。このドラマの革新性の一つには、女性が性を自分の言葉で語り、性の自己決定と快楽の肯定をしたことにもあり、特にサマンサは従来の女性像を破壊し、性の自己決定と快楽主義を肯定するアイコンになった。
次に、アメリカの「今の若者」を切り取ったドラマとして世界で人気を博したのは、2007年から放送された『ゴシップガール』(原題:Gossip Girl)だろう。
ニューヨークのアッパーイーストサイドに住む裕福な高校生・大学生たちの恋愛、裏切り、家族問題、スキャンダルを匿名ブログである「ゴシップガール」が暴露していく、という物語。ネタバレになってしまうが、結局、この裕福な若者たちを貶めるゴシップブログを書いていたのが、裕福でない家庭のダンだった、と言うのがオチである。
このドラマが放送されていたのが、ちょうどインターネットやSNSが普及してきたタイミングでもあり、ネットによる「監視社会」をいち早く描いていたと言える。
同時に、夢を持ってニューヨークに集った若者たちのライフスタイルを描いた『セックス・アンド・ザ・シティ』から一変し、人口の1%の人が国の純資産の30%の富を持つ「超格差社会」になったアメリカを象徴する超ボンボンたちを、持たざる残りの99%側が撃ち落とす様子、一見、華やかで多くの人が憧れる主人公のセレナやブレアのセレブの生活が、如何に空虚で不安定なものか、セレブでも一度地に落ちれば徹底的にスクールカーストの上位から排除される冷酷な階級システムなど、新しい時代の特徴がよく描かれていた。
このように、これまでのアメリカの「若者の今」を描いたドラマは、その時代をよく切り取っていたし、同時に、例えば『セックス・アンド・ザ・シティ』であればニューヨークの華やかな独身女性の生活、『ゴシップガール』であればボンボンたちのセレブ生活など、日本人が憧れるポイントが必ずあった。
ところが、今回取り上げた『ユーフォリア』は、日本人が憧れるポイントなど皆無で、見ているとただただ苦しいだけ・辛いだけという点で、これまでのアメリカの「若者の今」を切り取ったドラマとは大きく一線を画す。
では、何故、この『ユーフォリア』は見るとただただ苦しいのか?
まず、このドラマでは、アメリカ郊外を舞台に高校生たちのドラッグ、レイプ、銃、殺人、万引き、マフィア、同性愛・トランスジェンダー、いじめ、スクールカースト、援助交際、未成年ポルノなど、非常に多くの様々な社会問題が扱われている。
登場人物全てに救いがないと言っても過言ではなく、「現実社会はここまで壊れている」というメッセージを持った衝撃作と言える。
このドラマでエミー賞主演女優賞を黒人女性で初の2回受賞をしたゼンデイヤが演じる主人公ルーは、薬物中毒になることによって、この辛い世の中を必死で生きることにしがみついている女子高生だ。彼女の“ユーフォリア(多幸感)”は、薬物による現実からの逃避でしか生まれない。
他の登場人物も単なる“一般的な高校生”ではなく、現代社会の断片を体現する存在として描かれている。
例えば、主人公ルーの親友(後に恋人)のジュールズは、本人はトランスジェンダーとして苦しんでいるが、ルーにとっては薬物依存で苦しむ中で、全てを理解してくれる現実社会ではなかなかいない幻想的な存在だ。
だから、ジュールズが少しでも自分の期待から外れると、ルーは深く傷つき、薬物依存が加速する。つまり、現代社会において、自分の理想など幻想に過ぎないことを残酷なまでに描いている。
ルーの同級生のネイトは、裕福な家庭の出身で、高身長・スポーツ万能・学業優秀な男子。一見「完璧なエリート男子」だが、内面は暴力的で歪んでおり、他人を自分流にコントロールしないと気が済まない性格。父親によって「男であること」(支配的であること、感情を表に出さないこと、強さ=価値であること)を刷り込まれており、その抑圧に苦しみ、怒りや不安を暴力という形で爆発させてしまう。ネイトは「男とはこうあるべき」という呪縛の犠牲者であり、有害な男らしさの権化とも言える。
ルーの仲良しのキャットは、ぽっちゃり体型で周囲から“可愛い”と見られたことがないと感じていた少女。ある日、自分の性的な動画をネットで配信し、他人に欲せられることで初めて承認欲求が満たされる経験をする。「自己肯定感」を求めて、“消費される存在になること”を自ら選ぶという矛盾を選択する。まさにSNSやネット文化における若者のリアルな苦悩を象徴している。
このように、『セックス・アンド・ザ・シティ』、『ゴシップガール』からのこの『ユーフォリア』は、今のアメリカの生き地獄をよく描いており、勝手にアメリカに幻想を抱いてきた多くの日本人にとっては残酷なまでに憧れるポイントがなく、ただただ見ていて苦しい経験をすることになるだろう。
『セックス・アンド・ザ・シティ』も『ゴシップガール』も、放送当時の若者女性たちが熱狂する姿を私は目撃してきたが、果たしてこのドラマはZ世代たちにどう受け止められるのだろう。
現役世代の税金や社会保障費は上がり、物価高もあり、東京だとマンションの平均価格は1億円を超えるようになった。生活は年々苦しくなり、それに呼応するように、オンラインカジノに手を出すと流石に捕まるようになったが、大麻で大学生が摘発される事例はずっと後を断たない。
ひょっとすると、一見、突拍子もなく見える『ユーフォリア』だが、かつて『セックス・アンド・ザ・シティ』や『ゴシップガール』がそうだったように、近々、日本のZ世代の若者たちにこのドラマも共感される日もくるのかもしれない。

