この本のタイトルでもありテーマでもある中年による「若者恐怖症」。
これは今の日本の新しい病理をキャッチーに言い当てていると思う。
もう25年以上、若者研究を行ってきた私も、全国の様々な企業へ講演やマーケティング支援を行ってきた中で、これまでは多くの中年の企業人から「今の若者はダメだ」と言う‘嘆き’や‘愚痴’をたくさん聞いてきた。
が、ここ数年、「Z世代」と呼ばれる若手社員が登場したあたりくらいから、「若手社員にどうアドバイスをしたら良いか分からない」「若手社員との接し方が分からない」などといった、いわゆる若者に対する‘困惑’や‘諦め’、時として‘恐怖’さえよく聞くようになったと実感している。
こうした企業に勤める中年社員の若手社員に対する態度や姿勢の‘激変’の背景には、大きく分けて二つの根本的な原因があると思う。
一つ目の原因は、「人口減少」だ。50年以上も少子化を続けたことにより、日本企業にとって人手不足が深刻化した。これはコロナ禍においても、コロナで倒産する企業よりも人手不足を理由に倒産する企業の数の方が日本で上回った事実が端的に表している。
結果、若者たちの労働者としての希少価値は上がり、若者の就職率は過去最高となり、初任給の額も上がっている。
こうした「就職超売り手市場」の状況下、よほどの人気企業でない限り、多くの企業側は彼らに迎合しないと彼らを採用できなくなっており、彼らに気に入られないと離職されてしまうのではないか、という危機感が高まっているのだろう。
二つ目の原因は、世の中で急速に、かつ過剰に広がっているコンプラ意識・ハラスメント意識だ。TBSドラマ「不適切にもほどがある!」が大ヒットしたが、昭和・平成的な企業風土が全否定され、なんでもかんでも「ハラスメント」と呼ばれる時代になった。もちろん、昭和・平成の企業にはあまりに理不尽な慣習が多くあったので、この流れは基本的には良いことなのだろうが、過剰になり過ぎている側面は否めない。実際、多くの企業と接していると、若手社員に送ったLINEの画面をスクショ(スクリーンショット)され、あるいは、若手社員に説教している音声を録音され、人事部に持ち込まれて年長社員が咎めを受けた、などという話も結構聞くようになったので、自分の身を守るためにも若手社員と距離をとるようになっている中年社員も増えている。
主にこの二つの原因により、まさにこの本のタイトルのように、中年が過剰に「若者恐怖症」に陥るようになっている。
この本の著者は大学で教鞭を執り、日々、大学生と接しながら、同時に様々な若者に関するデータはメディアで言われている今の若者の特徴を示す論調を集めて検証し、これら若者に関する言説が単なる誇張や思い込みである可能性を示唆している。
そして、著者自身も若者という括りを理解し切ることは潔く諦め、「一般論で若者を語るのではなく、目の前の若者に耳を傾けよう」という提言を行なっている。
これは、マーケティングという規模が求められる業界にいるため、ある程度若者を括って分析しないといけない立場に置かれている私であっても賛同できる提言だ。
やはり、採用・育成・離職防止という極めてパーソナルな領域においては、手間・暇はかかってしまうものの、必要不可欠な視点・姿勢だと思う。いや、むしろ、超人手不足時代、過剰コンプラ社会だからこそ、昔以上に手間・暇をかけなくてはいけなくなっていると言えるのではないだろうか。
若者の離職やコンプラに怯え、保身を考え、若者と距離をとるのは本質的には時代と逆行しており、もちろん、殴ったり怒鳴ったりは絶対に許されない社会ではあるが、むしろ若者と距離を縮め、寸止めの距離で彼らを観察し、対話し、昔以上に深く彼らを理解することこそ、この若者に恐怖するという新しい中年の病理への最も効果的な特効薬なのではないだろうか。
