「『それはいい質問だ』ってガイジンよく言いますよね?」
関西のとある製鉄所に出入りしている業者の現場監督が、あきらめを含んだ笑みを浮かべながら言う。それはいい質問だ。まさにそう思う。
このフレーズを元々口にしたのは、製鉄用の機械を納入するためにドイツからやってきた若手エンジニアのMだった。
「それはいい質問だ」
答えに窮したからではない。おそらく一呼吸置いて口をついて出たのがこの一言だったのだろう。
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二日前、深夜の勤務シフトだった僕らは、製鉄所内の詰所にて待機していた。ドイツから来たチームは、その日はMを入れて三人だった。急ぎの要件はなかったが、Mと僕は圧延施設のモニター室に様子を見に向かった。数時間に一度、そうすることを義務付けられていたからだ。
クライアントである製鉄所の主任は、何かと外国人にきつくあたる人物だった。この日は工程の目標数値が中々達成されていなかったらしく、ことのほか機嫌が悪かった。トラブルというほどの問題はなかったはずだが、主任は「どうして改善されないのか」といったようなことを小言混じりにまくし立てた。
「それはいい質問だ」
そんな主任を前に、Mは一度宙を仰ぎ、今思いついたように、このフレーズを口にした。
僕はといえば、通訳という立場上、
「『それはいい質問だ』と言っています」
と訳すしか術がなかった。
主任は、一瞬口をつぐんだものの、その眼には明らかに苛立ちと怒りが滲んでいた。
「質問はいいから答えをくれ!」
吐き捨てるように言うと、僕らに冷ややかな視線を向ける若いスタッフ二人とともに奥へと消えていった。
「あの態度、何なんだろうね?外国人を目の敵にして。まったくシャイセコフ(シットヘッド)だよ」
詰所に戻り、悪態の部分だけドイツ語で伝えると、他のエンジニアたちから笑いが起きた。
「でも、まあ、実際ああやって答えるぐらいしかないからね。僕は下っ端だし」
修士号を二つも持っている下っ端のMは少し笑ってそう言った。
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あくる日も深夜のシフトだった僕らは、午後の遅い時間から市街地へ出て、夕飯をどこで食べようかと歩き回っていた。西日本有数の工業地帯であるこの一帯は、三交体制で稼働している工場が多く、商店街のアーケードでは多くの居酒屋が朝から営業している。
午後四時をまわっていたが、深夜の勤務まで時間は十分にあった。とはいえ、すでに二週間近くこの街に滞在しているMは、地元の観光名所もほぼ周り終えている様子だった。
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「まあ日本のザワークラウトみたいなもんだよ」
焼き鳥屋のお通しに出された沢庵を勧めると、ポリポリつまみながら、これはいいね、とMが言った。仕事を控えていたため、ビールを飲めないのが口惜しかった。
Mはトルコ系移民の二世だ。生まれも育ちもドイツだが、休暇の折に訪れるトルコについては、愛着は持ちつつも、どこか余所余所しく感じている様子だった。トルコ語は話せるが、“家族との間で使う程度”ということだった。
「ねえ、“なざーるぼんじゅう”って知ってる?」
なんだいそれ?と訊き返すと、トルコのお守りだという。円形の青いガラス板の真ん中に、青と水色と白の三色で目玉が描かれており、さしずめ、コバルトブルーの目玉のおやじといった感じだろうか。大きさは大小さまざまあるらしい。
コンスタンティノープルの目玉のおやじは、相手を睨みつけて災いをもたらそうとする“悪い目”から自分の身を守ってくれるそうだ。
「でね。お守りじゃないけど、同じように “ましゃら”と唱えると、嫉妬とかさ、そういった悪意のある目線を向けられないように守ってくれるんだよ」
ふーん。感心して聞き入っていると、昨夜の主任のことが脳裏を過った。あの態度は嫉妬なのか、何なのか。シットな態度であるには違いないのだが。
「でね。僕は日本の旧車が好きでさ。90年頃のトヨタスープラがいいね。こっちにきてから走っていないかずっと見てるんだけど」
しかし、M自身はさほど気にしていない様子だった。むしろ、通訳というニュートラルな立場であるはずの自分の方が心を砕いているような気がした。
なざーるぼんじゅうが必要なのは俺だべ?ましゃら、俺。
店の外に出ると、夜空に花火が上がっていた。その日は丁度地域の花火大会らしかった。
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深夜十二時半。夜勤が始まると、前の晩に主任と一緒にいた若いスタッフの一人が出勤してきた。前日の冷ややかな眼差しとは打って変わって、非常に感じが良い。
「おつかれさまでーす」
そう明るく挨拶すると、他の若いスタッフと推しのコンサートに行った話などで盛り上がり始めた。
主任は、この日は来ていないようだった。



