一日の労働が終わり、ビールを飲みながら野球のテレビ中継を見る、という光景に親しみを感じる人もいるだろうし、そうでもない人もいると思う。
私は後者であるが、それはさて置き、ある人が野球の中継を見ていると、解説の人がこんなことを言ったとしよう。
――A選手、二打席凡退ですからね。今度こそは打ってくれるんじゃないですか。三割バッターですし。
ここで、多少数学に心得のある者は、こう言うかもしれない。
――ほほ。一打席目、二打席目の結果がどうであれ、三割バッターは各打席で三割の確率で打つんだよ。野球の解説者は、アホだな。
打率の定義は、“打席数から犠打、犠飛、四死球を除いた打数のうち、安打の割合”らしいので、犠打、犠飛、四死球は考えないものとする。
その上での話だが、多少哲学に心得のある者は、こう言うだろう。
――打率が三割のバッターは、各打席で三割の確率で安打を打つのだろうか?
つまり、ある打者の打率は、今までの実績で計算した安打の割合である。もし、その打者が三割の確率で安打を打つように出来ているのであれば、シーズンを通して(あるいは生涯を通して)打率は三割に収束して行くはずである。
しかし、実際にはある打者の打率は、シーズンを通してまたは生涯を通して変化する。
今まで三割の確率で安打を打ったからと言って、これからもそうとは限らない。
二打席凡退した後、安打を打てるのかは、場合による。
