【思想家の窓辺】12

パリのカフェに勤める給仕(いわゆるギャルソン)は、店から給料をもらうのではなく、自分が担当するテーブルの卓数で店側と契約を交わし、客からのチップと、客の注文の数パーセントを店側からリターンとしてもらうことで生計を立てている、と聞いたことがある。この雇用形態が全てのギャルソンに当てはまるのかどうかは定かではないが、個人契約と考えたら、少なからず驚かされた次第である。

“フリーランスのギャルソン”と日本語で言うとなんだかカッコいいが、「給仕の矜持、これ如何に」と考えると、給仕ではなく、執事を題材にしたカズオ・イシグロの小説『日の名残り』を思い出す。

この小説では、執事という職業上、心の内で蠢く私情を抑えつつも、ふとした瞬間にそれが滲み出てしまう主人公の様子が描かれている。プロとしての葛藤を描いたその描写に、読み手は、時にやきもきさせられ、時に重いしこりのようなものを感じることになる。

最初にこの作品を原書で読んだ時、クラシックな一人称の語り口がどのように和訳されるのか興味津々であった。後日、書店で日本語版を手に取った際、そのあまりにもステレオタイプな執事口調に、まず頭に思い浮かんだのは、一時期メイド喫茶に対抗して出現した“執事喫茶”であった。訳のよしあしを評するのではなく、ただ単純に、我が国民の大半が接したことがないであろう執事のその口調が、誰が読んでも執事のそれなのである。かくいう自分もその一人で、本物の執事と言葉を交わした記憶はない。

後日談として、イシグロ自身、作品発表後に経験した、実際の“職業執事”からの意外なまでの反響について言及している。具体的にどのような感想が寄せられたのかはわからない。他方、本物の執事であれば、感想を著者に送る行為自体、執事の矜持に関わるような気もする。

なぜそう思うのか。どこか鬱積したものを抱えるイシグロ作品の執事(その名をスティーブンスという)と比べると、我が国におけるその道のプロは、その片鱗も感じさせないからである。

執事界の重鎮として知られる西城秀治氏。花輪家に仕えて四十五年、多くの子どもたちから「ヒデじい」の愛称で親しまれている。

スティーブンスであれば、先述の執事喫茶についても、「そもそも我々執事は、店で客の注文を取ったりはしませんよ」と冷笑気味に答えるかもしれない。

しかし、誰に対してもやさしく礼儀正しい西城氏が、自身の好物でもあるグラタンを喜んで客席に運ぶ姿は想像に難くない。

そんな執事の鏡ともいうべき人物と日頃からふれあってきた静岡市の清水地域の住民は、知らぬ間にブッカー賞受賞作品を超える現実を生きていたのである。(つまりこの場合、さくらももこが受賞した講談社漫画賞少女部門の方が、ブッカー賞より格が上ということになる)

話を給仕に戻そう。

以下は、四半世紀以上も前の話である。

渋谷から代々木公園の方へと上がる坂の途中に『タパス&タパス』という名前のパスタ屋があった。この店名、上手いこと付けたもので、その響きは一度聞いたら忘れられないものがある。

学生だった頃、たまたま連れ合いとこの店でお昼を食べていた時のこと。我々と同世代と思しきカップルが隣の席に通された。

彼らの注文を取りにウェイトレスがやってきたのだが、彼氏の方は少し緊張していたらしい。

ウ:「ご注文はお決まりですか」

彼:「あ、じゃあ僕はパスタ風スパゲッティを」

ウ:「え?」

彼:「あ、あの、パスタ風スパゲッティを」

ウ: 「は?」

彼女: 「ちょっと何言ってんのよもー。『タパス風スパゲッティ』でしょ!?」

あのカップルは今頃どうしているだろうか。

歴代の給仕達が幾度となく遭遇してきたであろうこの状況に対し、その対応における個々人の力量を問うのは誤りだろうか。

こんな時、パリ第6区サンジェルマン・デ・プレの老舗カフェに在籍した名うての日本人ギャルソンであったら、「ウィ」と一言だけ言い、はにかんでテーブルをあとにしたに違いない。清水はブッカー賞に勝てるかもしれないが、渋谷公園通りはサンジェルマン大通りには敵わないのだろうか。

給仕とギャルソンとウェイトレス、呼称の響きにヒエラルキーはないと信じたい。

ただ一つ言えることがある。給仕の矜持、これも場合による。