【思想家の窓辺】5

ロシア文学風:
かつて、時の流れに忘れられた寒村の片隅に、老いた夫婦がひっそりと暮らしていた。
家は質素であったが、静寂のなかに安らぎがあった。老いはすでに彼らの背を丸くし、手にしわを刻んでいたが、心にはまだ、かすかな温もりが残されていた。
ある灰色の朝、空はどこまでも低く、風は無言のように吹いていた。
老爺は、無言のまま斧を手に取り、ふと立ち止まり言った。
「わしは、山へ――薪を集めに行ってくるよ。時に自然は、老いの体にも問うてくるのだ。」
老婆は静かにうなずき、冷たい水の気配を思い浮かべながらつぶやいた。
「わたしは、川へ。洗濯をせねばならぬ。川の水は、すべてを洗い流してくれる……かしら。」
ふたりは黙して家を出た。それぞれの重みを胸に、運命に導かれるように。
やがて、老婆は川辺にたどりついた。冷たい水が彼女の指先を刺す。彼女は黙々と衣をすすぎ、波のささやきに耳を傾けた。
その時である。
川上より、奇妙な音とともに、ひとつの果実が流れてきた。「どんぶらこ、どんぶらこ」――それは不思議な響きで、現実のものとは思えなかった。
老婆は目を見張った。それは桃だった。だがただの桃ではない。世のものとも思えぬほど、大きく、まるで人の運命そのもののように、静かに流れていた。
「まあ……なんという……。これは、きっと何かの……兆しなのだわ。」
彼女は桃を拾い上げ、凍てつくような水を背に、慎重に家路についた。
その手のなかにあるのは、ただの果実ではない。過去と未来、老いと再生、愛と試練――
そうしたものが、静かに、そして重く、そこに宿っているようだった。

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