『ドン・キホーテ』 セルバンテス 作 牛島信明 訳 岩波文庫、岩波書店

ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャは、面白いのか? 面白いと言えば面白いのだが、腹を抱えて笑うような面白さではない。
苦いのだ。ドン・キホーテは、「正直者は馬鹿を見る」を体現したような人物である。作者のミゲル・デ・セルバンテス自身が、戦争に志願して活躍した後、捕虜になり、釈放されてスペインに帰ったものの、報われることはなく、地味な後半生を送ったらしい。『ドン・キホーテ』を出版したのは、作者が58歳の時である。
セルバンテスは、ドン・キホーテに自分の姿を重ね合わせていると見て良いだろう。そういう報われない男のおかしさなのである。
しかも、ドン・キホーテが憑りつかれてしまった夢は、安売り王になってたくさんお金を稼いで、妻や子供を喜ばせたいというような健気なものではなくて、謂わば、「神の国」や「世界同時革命」や「最終解脱」に近いものなのである。
本書を人生のどの時期に読むかによって、味わいも違ってくるだろう。熱病のように若い正義感に浮かされている時に読むか、青い夢に敗れ去った後に読むか。
いずれにしても、『ドン・キホーテ』を読もうと思った時が、読者にとって何らかの岐路に立っている時なのかもしれない。そして、本書を読み終わった時、何かに一生懸命になっている人が滑稽であっても、決して馬鹿に出来ない愛おしい人物に思えるのだ。