『ガダラの豚』 中島らも 集英社文庫、集英社

中島らもによる長編小説。
アフリカにおける呪術医の研究をする大学教授の大生部は、テレビ番組の一環として八年ぶりにケニアを訪れる。そこで起きる事件の数々。
呪いは存在するのか? トリックなのか? 暗示なのか? そんなことを読者に考えさせながら、最後はファンタジーで畳みかける。この作者の手腕は、なかなかのものである。
題名の「ガダラの豚」はマタイの福音書にある悪霊に取りつかれた人の話から採られている。ドストエフスキーの作品『悪霊』も、ルカの福音書の該当する箇所から題名を採っている。ドストエフスキーの場合は、共産主義に取りつかれた人々を悪霊が逃げ込んだ豚に例えたのであるが、中島らもの場合はどうだろうか?
スコット神父のノートには、アフリカの呪術を無知蒙昧扱いする彼に対して、オニャピデ老が、聖書の話は嘘で、実際には豚も悪霊もいなかったのかねと問う場面がある。そして、バキリの弟子キロンゾが「私は真実を激しく求めます」と言う場面も。
この作品は、タレント学者の大生部を始め、実際にいそうなデフォルメされた人物たちをバブル期のテレビ局に登場させた娯楽小説ではあるが、神父と呪術医のやりとりの記録に、作者自身の「救いとは何か」「呪いまたは祝福は存在するのか」という本気の問いが溢れているような気がする。

当サイト編集長。 エンジニア、デザイナー、物書き、編集者、アマチュアギタリスト。

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