『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』 松本侑子 光文社

太宰治と心中した山崎富栄の生涯について松本侑子が書いた本。心中事件について書かれた既存の文献だけでなく、当時の新聞記事、生前の富栄と面識のあった人への取材など、実によく調べられた上で書かれている。
「あとがき」には、本書は「小説」であると記されているから、作者の創作も含まれているのだろうか?
評者が気になったのは、上京して来た母と一緒に歩いている富栄を見てしまった太宰の方から、別れを切り出すシーン。それでも二人は別れなかった。
そして、富栄が父母に出した手紙。“お父さまが御上京のときには、いつも笑いながらお話ししましたでしょう。おつきあいいただいている先生のこと。わたし、そのお方を敬愛しておりました。 大変御苦労なさって、生きていらした方なので、人の苦しみや、悲しみや、また、よろこびなどにも、慈しみ深いおこころをお持ちになってあらゆる周囲の方々から敬愛されていられるのです。”
本書は、太宰治と山崎富栄の関係を、富栄とその家族の側から再構築してみることによって、今まで語られてこなかった山崎富栄像を浮かび上がらせることに成功している。それと同時に、愛情をかけて子供を育てたつもりが、若くして死なせてしまった富栄の父の気持ちや、太宰の死が山崎富栄に原因があるような言葉を残した太宰治の周囲の人たちの事情も汲み取ろうとする著者の姿勢がうかがえる。