『〈酔いどれ船〉の青春 もう一つの戦中・戦後』 川村湊 インパクト出版会

田中英光の小説『酔いどれ船』を軸に、戦時中の日本人の朝鮮に対する視線、日帝時代の朝鮮の人々の姿を追った本作。著者は、韓国で日本語教師をした後、法政大学教授を務めた川村湊。
田中英光と言えば、太宰治の後追い自殺をしたことでも知られるが、戦時中には、サラリーマンとして京城(現在のソウル)に駐在しながら、「親日文学」の旗振り役として、現地の作家の「国語」(=日本語)での執筆、日本への同化政策に加担した人でもある。その田中英光が、戦後、京城での経験を元に虚実織り交ぜ創作したのが『酔いどれ船』である。
川村湊の視線が『酔いどれ船』よりも朝鮮の作家たちに向いていることや、田中英光には厳しく、親日文学に転向した朝鮮人作家には甘いという偏りもあるし、著者が認めているように、初版が出てから復刊までの間に事実誤認が見つかった個所もあるという。
本書は、1986年に刊行され、2000年に復刊された。最初に世に出た段階は、ポスト・コロニアリズム、カルチュラル・スタディーズの流行る前であり、植民地文学(韓国併合だから植民地ではないという意見もあるだろうが)の先駆的な研究と言えるだろう。
時代は21世紀に入り、ネット上では「親日」、「反日」と騒がしい。今こそ、戦時中の親日文学を掘り起こしたこの研究に注目し、さらに深めていくことが若い世代に期待されている。