『母性のディストピア』 宇野常寛 早川書房

これは、批評家宇野常寛が戦後アニメと日本社会について論じたもので、2017年に集英社より刊行されたものを2019年に早川書房が文庫本、電子書籍にしたものであり、文庫本化の際に加筆訂正がされているとのことだ。
「母性のディストピア」とは、本文中の表現で言えば、「肥大した母と矮小な父の結託」、戦後日本の情況では、アメリカの核の傘の下で発揮できない父性を「母」的な存在に庇護されながら夢見ることだ。
この概念を使って、宇野は、宮崎駿、富野由悠季、押井守を読み解いていく。アニメの巨匠たちは、いずれも母的なものへと還っていくという。
そして、戦後的なものが変質しつつある現在、映像の世紀からネットワークの世紀へ移行する時代に、「母性のディストピア」はむしろ強化されているという。
後半、宇野が提示する「母性のディストピア」からの脱出の処方箋のようなものは、はっきり言って退屈だ。映像の世紀が終わり、アニメの巨匠たちが語るものを失ったように、批評家も語るものを失ったのではないかと錯覚してしまう。
しかし、日本が望むと望まざるとに関わらず、戦後的なものが終わろうとする2020年代、日本人のイマジネーションがどこへ向かっているのかを見逃さないこと、亡霊のようにこの国に残る江藤淳的な父性、戦後日本の DV 的な父性をもう一度、徹底的に問い直すことに、批評家の仕事が残されているのではないかと思う。