『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』 大江健三郎 新潮文庫、新潮社

三つの短篇と二つの中篇からなる作品群。
夏目漱石は『現代日本の開化』で、外発的な開化の影響を受ける日本人は「空虚の感」がなければならないと言ったが、原爆を落とされてアメリカに追従しなければならない戦後日本人は、「狂気」がなければ嘘になるだろう。欧米人の期待するサムライを演じた三島由紀夫がある種の芸者であるのも、納得のいくことである。
そして、戦後日本の復興が朝鮮戦争とベトナム戦争の犠牲の上に成り立っていることを意識すれば、「善」がやって来てしつこく我々を責め立てるという妄執に囚われても無理のないことかもしれない。
私の読んだところ、中篇の中の一つ『狩猟で暮したわれらの先祖』のキーワードは「沖縄」「北海道」「当り屋」である。勘の良い者ならば、この意味は分かるはずだ。と同時に、一見リベラルな文化人に属するこの作家の嫌味の効いた表現方法に戦慄せざるを得ない。
そもそも、本人にとっては大発見かもしれないが実際にはそうでもないような事柄を、陰鬱でグロテスクな文体を使って、妙に勿体ぶった寓話とも妄言ともつかないお話に仕立てるのが小説だろうか?
大江健三郎は、ある時代の日本人の心象風景を描いた作家として、いずれ忘れ去られるだろう。これは、亡くなったばかりの人に対して失礼だとは思わない。晩年の彼には、何かサバサバしたものが見て取れる。
謹んで、ご冥福を祈りたい。